大晦日!

皆さんこんばんは(●´∀`)ノ

あきひこです。

今年もついに大晦日がやってきました。

今年は大浦家の家族も増え、

去年は出来なかった花火・そうめん流し・餅つきetc・・・。

色々とやることができた賑やかな一年になりました。

そして、こうやって無事大晦日を迎える事が出来たことが本当に嬉しいです♪

大浦家に関わる全ての方に、心から感謝!!

来年も大浦家をどうぞ宜しくお願い致します!

さぁ、来年はどんな事をしようか?

今から心が躍ります♪

 

大浦家日記~12月号~

皆さんこんばんは(●´∀`)ノ

あきひこです。

12月に入り、いよいよ2017年も終わろうとしています。

皆さんにとって2017年はどんな年でしたか?

私にとっては家族が沢山増えたとっても素敵な1年でした♪

では、さっそく。

 

「 嫁入り 」

ある日の事。

夕食後の後片付けをしていた所、どこからともなく

『先生!先生!』

声のする方を振り向くと、そこには手招きをするジュンさん。

どうやら私の事を呼んでいるらしい。

「先生って私?私はそんなたいそうなもんやないけ、

先生なんて恐れ多いよー。あきちゃんでいいよ。」

『いえいえ、そういうわけにはいきません。

私にとっては先生みたいなものですから。』

と、真剣な顔で即却下。

『それよりもこれを。たいしたことは出来ませんが、

せめてもの気持ちなので受け取って下さい。』

そういって封筒を私に差し出します。

「ん?これは何ですか?」

『いつもお世話になってますので、少ないですがせめてものお礼です。』

「いやいや、気持ちは嬉しいけど、私はこういうのは受け取らない様にしてるので、

それは自分の為に大切に使ってください。気持ちだけありがたく受け取りますね。」

『いやいや、そういうわけにはいきません!さんざんお世話になってますから!』

「いやいや!」、『いやいや!』

と、いやいやの応酬。

私は、せっかくのジュンさんの気持ちを後味の悪いものにしない為、

折れる事にしました。

「わかった!それじゃあありがたく頂きます。ありがとうね。」

私がそう言うと、満足そうに笑顔を浮かべ、

『いえいえ、これからも宜しくお願い致します。』

と、いつもの丁寧なお辞儀。

ジュンさんの部屋を後にして封筒を確認した所、

数万円と付箋が2枚入っていました。

お金はすぐに大浦家で家族より預かっているジュンさんの小遣い袋へ入れて、ご家族に経緯を報告。

面会時にご家族に回収して頂く事にしました。

付箋2枚は私に宛てた手紙でした。

 

― はじめまして

皆様方とはじめてお目にかかられましたのに、

長い間イライラの生活の連続で過しておりました。

砂川様にお世話様になりましてからは、日々が続く、

お嫁に行った気分でくらさせていただいております。

一日一日が楽しく、

こんなことがあっても良いんだろうかと砂川先生に年を合わせる気持で一杯です。

続きは又後日。

先生様 ―

 

ところどころ脱字があり、

文章になっていない部分はありますが、すごく気持ちの伝わってくる、

とっても素敵な手紙。

私にとっては、お金以上の価値のある、何よりも嬉しいプレゼント!

私の大切な宝物になりました。

ありがとう!ジュンさん♪

 

「 別居 」

先月号にも登場したヨシさん。

ヨシさんが大浦家の家族になったのは去年の十二月三日。

ほぼ一年になります。

ヨシさんとはほんとによくケンカしました。

そして、同じくらい一緒に笑い合ったり、遊んだりもしました。

ヨシさんとの楽しい思い出は沢山ありますが、

この文章を書きながら自然と思い出しているのは、

ポータブルトイレにハマって抜け出せなくなった時のヨシさんです。

(※詳しくはHP版大浦家日記7月5日投稿の「爆笑!!」に記載。)

書きながら思わずにやけてしまいます。

にやけている自分にふと気づいた後、急に寂しさが胸に込み上げてきます。

実は、十一月いっぱいで大好きなヨシさんが高齢者施設へ入居する事になったのです。

本人の持病の悪化、ご家族の環境の変化等、理由はいくつかありますが、

今後の本人の状態の変化を踏まえて医師とも相談し、総合的に考えた結果、

健康管理がしっかりできる施設へ移ることが一番良いとの判断でした。

ご家族も苦渋の判断だったのでしょう。

私へ、感謝や大浦家を離れる事を惜しむメールを何度も頂きました。

ご家族は病院受診へ本人を連れて行ったタイミングで、

何度も施設へ移ることを話そうと試みたようですが、

本人が私やスタッフの事を楽しそうに話すので、言うに言えず。

結局、私から話をする事に。

私は、夕食後にヨシさんを部屋へ連れて行ったタイミングで話をしました。

まだ私自身ヨシさんと離れる実感がなかったのでどう話したのか、よく覚えていません。

ただ、入院するほどでもない人が、病気の療養をする所、そんな風に話したと思います。

ヨシさんは、少しびっくりして、

家族に怒っている風ではありましたが、比較的落ち着いて話を聞いてくれました。

そして、私に、

『いつも迷惑ばかりかけてごめんね。』と、

私を気遣う言葉までかけてくれました。

翌日、ささやかではありますが、みんなでお別れ会をしました。

皆、順番にお別れの言葉をかけて一緒に写真を撮りましたが、

一番仲の良かったトミさんは、

泣いてヨシさんに言葉を掛ける事が出来ませんでした。

ヨシさんが退去した後、

ヨシさんが居なくなった場所から外を眺めるトミさん。

その後姿がとても寂しく、泣いているように見えました。

今でもヨシさんに会いに行こうと誘うと、

会うと泣いてしまうからと断られます。

1年近く寝食を共にしてきた家族との別れです。

心を落ち着けて話が出来る様になるには、もう少し時間が必要なのかもしれません。

年を取ると、

色々な事が出来なくなります。

色々な事を諦めなければいけません。

そして、そんな自分を受け入れていかなければいけません。

自分の気持ちを誰もわかってくれないという孤独感。

そして人生の終着点を意識せざるを得ない自分の年齢が、

その孤独感を一層深いものにします。

年を取ると、そんな自分の気持ちとの葛藤が沢山あるのだと、

一緒に暮らしていて感じます。

そんな中での別れです。

私達が想像する以上に、辛いのではないかと思います。

それでも、いつもユーモアと笑顔を絶やす事のない皆の姿は、

とても強く、

輝いていて、

自分も、そんな強い心を持った爺さんになりたいと思わせてくれます。

 

と、普通ならこれで終わりですが、

大浦家は違います。

入居前、私がご家族に必ず言う事があります。

「お客様扱いはしません。一同居人として接します。」

これは、普通の人としての付き合いをしたいという、私なりの家族宣言。

契約関係が無くなったとしても、変わることはありません。

一緒に暮らせなくなっても、家族はずっと家族です。

幸いにも、ヨシさんが入った施設には面会制限や外出制限もないとても良い所。

これからは時間を作ってちょくちょくヨシさんに会いに行こうと思いますし、

大浦家のイベント事にも出来る限り誘って、まだまだ一緒の時を過ごしていこうと思っています。

と、言うことで、ヨシさんとは、

「お別れ」ではなく、

「別居」する事になりました。

 

P.S.

早速、ヨシさんが楽しみにしていた年末の餅つきに参加できる事になりました。

 

大浦家日記~11月号~

皆さんこんばんは(●´∀`)ノ

あきひこです。

はじめに、

大浦家日記11月号にもかかわらず、11月中にアップできず、

すみません( ̄▽ ̄;)

遅くなりましたが、11月号も頑張って書きましたので、

みなさんに楽しんで頂けたら嬉しいです♪

では、さっそくどうぞ~♪

 

「 ユーモア 」

大浦家の家族は、診断は受けていない方もいますが、

ほとんどの方に認知症か、もしくはその手前くらいの物忘れの症状があります。

同じことを何度も話します。

同じことを何度も聞きます。

身体と同じように、脳の機能も少しづつ衰えていくのかもしれません。

しかし、物忘れはあっても、

長年の人生経験で培ったユーモアは、衰えることはないようです。

 

ヨシさんは最近、急に身体の動きが衰えてきました。

以前は大浦家をこっそり抜け出したりするほど元気でしたが、

今では職員の腕をつかんで歩くのがやっとの状態。

それでも極力身体を動かしてもらおうと、自発的にやっていた玄関掃除にスタッフが誘います。

玄関前の椅子に座ってもらい、ホウキを渡し、

手の届く範囲を掃いてもらいます。

玄関掃除が終わって、リビングでくつろいでいる所に、私がやってきて、

「ヨシさん、玄関掃除してくれたらしいねー。いつもありがとうね。」

『いいんよ、身体が動かんからたいしたこと出来んからねー。』

「そんな事ないよー、私が怠け者やけんおかげで玄関が綺麗になって助かるよー。」

『そう?それなら良かった。』

「掃除しよる時お金とか落ちてなかったー?(笑)」

『あー、一万円札が5・6枚落ちとったねー。』

「え?ほんと?それたぶん俺が落とした一万円やけどどうした?

とっとってくれとるかね?」

『いんや、食べたよ。』

「は?一万円札食べたん?えー!もったいない!

一万円あったら美味しいもの沢山食べられたのにー!」

『うん。でも一万円も美味しかったよ。(笑)』

「そっか、やっぱり千円札や五千円札とは比べ物にならんやった?」

『そりゃもう全然。一万円札の方が断然美味しかったね。(笑)』

そう言って、話を聞いていた周りの入居者も巻き込み、

みんなで大笑いします。

始めの私の質問から間髪入れず、

こちらが戸惑うほどの、ユーモアのある返しをしてきます。

このような会話をしていると、

脳の機能が衰えているとは、とても信じられません。

頭の回転の速い若い方でも、

ここまでのユーモアのある返しを出来る人はそんなにいないんじゃないかと思います。

些細な事かもしれませんが、

この様な事がある度、衰えと一言では片づけられない、

人間の能力の奥深さを感じずにはいられません。

もうひとつご紹介。

ある日。

シマさんがお風呂の前に電気髭剃りを片手に、

鏡とにらめっこをしていました。

剃り残しはないかと不自由な手で自分のあごを触り、

確かめながら一生懸命に髭を剃っていました。

私は、シマさんの髭剃りが終わったのを見計らい、シマさんの横に来て、

「あら、こんにちは。

うちにこんな男前いなかったはずですが、どちら様でしたかね?」

 

『・・・・ただのハゲです。』

 

この返しには、みながたまらず

大爆笑!

その場にいた誰もが笑顔に包まれたのでした。

大浦家では、施設と同じようにイベントに出かけたり、

ゲーム遊びなどのレクレーションも行っていますが、

こういった日常の生活の中の何気ない笑いこそ、

一番大切にしていきたいと思っています。

 

「 八女 」

十月十三日。

大浦家に八女となるジュンさんが

やってきました。

彼女を一言で表すと、『おもいやりの人』

とても礼儀正しく、初めて会った時から、

そして今でもこちらが恐縮してしまうほど、礼儀正しく接してくれます。

彼女は、大浦家に来る前は自分の家で一人暮らしをしていました。

足腰が少し悪いものの、ある程度の事は自分でこなせるので、

デイサービスやヘルパーなどを利用し、生活をしてきました。

しかし、そんな彼女に異変が現れ始めます。

始めは何となく話が噛み合わなくなりました。

その後、幻覚や妄想の様な発言などが出て来るようになりました。

そして、実際は県外に居る姉妹が同居していると思い、

空き部屋のドアの前にスリッパを並べたり、

最終的には姉妹が家に居るからと鍵をかけずに家を外出し、

警察にお世話になることがあったそうです。

(後日、専門の医師に診てもらった所、レビー小体型認知症と診断されました。)

また人の良い彼女は、困った人を見捨てる事が出来ず、

悪知恵の働く者達の格好の獲物となってしまったようで、

かなりの金額を失ってしまうということも多々、あったようです。

そして、ジュンさんは大浦家の家族になりました。

大浦家の兄妹達は、

物腰の丁寧なジュンさんの発言にまだまだ戸惑うこともあるようですが、

少しづつ打ち解けていくと思います。

相撲好きなジュンさん。

手伝い好きなジュンさん。

面倒見のいいジュンさん。

歌を歌えばオペラ歌手並みのジュンさん。

お寿司が大好きなジュンさん。

信心深いジュンさん。

少し思い込み過ぎるジュンさん。

片付けをしているつもりがいつの間にか散らかしてしまっているジュンさん。

などなど。

これから、もっともっと、

ジュンさんの色んな顔を知って、

まだまだみんなに気を遣っている

ジュンさんが、気を遣わずに気楽に過ごせる家になるように。

沢山色々なことをして、同じ時間を過ごしていこうね♪

ジュンさんはきっと、

明日の朝もこう言うんだろうなぁ。

 

『おはようございます。

今日も一日、どうぞ宜しくお願い致します。』