大浦家日記~12月号~

皆さんこんばんは(●´∀`)ノ

あきひこです。

12月に入り、いよいよ2017年も終わろうとしています。

皆さんにとって2017年はどんな年でしたか?

私にとっては家族が沢山増えたとっても素敵な1年でした♪

では、さっそく。

 

「 嫁入り 」

ある日の事。

夕食後の後片付けをしていた所、どこからともなく

『先生!先生!』

声のする方を振り向くと、そこには手招きをするジュンさん。

どうやら私の事を呼んでいるらしい。

「先生って私?私はそんなたいそうなもんやないけ、

先生なんて恐れ多いよー。あきちゃんでいいよ。」

『いえいえ、そういうわけにはいきません。

私にとっては先生みたいなものですから。』

と、真剣な顔で即却下。

『それよりもこれを。たいしたことは出来ませんが、

せめてもの気持ちなので受け取って下さい。』

そういって封筒を私に差し出します。

「ん?これは何ですか?」

『いつもお世話になってますので、少ないですがせめてものお礼です。』

「いやいや、気持ちは嬉しいけど、私はこういうのは受け取らない様にしてるので、

それは自分の為に大切に使ってください。気持ちだけありがたく受け取りますね。」

『いやいや、そういうわけにはいきません!さんざんお世話になってますから!』

「いやいや!」、『いやいや!』

と、いやいやの応酬。

私は、せっかくのジュンさんの気持ちを後味の悪いものにしない為、

折れる事にしました。

「わかった!それじゃあありがたく頂きます。ありがとうね。」

私がそう言うと、満足そうに笑顔を浮かべ、

『いえいえ、これからも宜しくお願い致します。』

と、いつもの丁寧なお辞儀。

ジュンさんの部屋を後にして封筒を確認した所、

数万円と付箋が2枚入っていました。

お金はすぐに大浦家で家族より預かっているジュンさんの小遣い袋へ入れて、ご家族に経緯を報告。

面会時にご家族に回収して頂く事にしました。

付箋2枚は私に宛てた手紙でした。

 

― はじめまして

皆様方とはじめてお目にかかられましたのに、

長い間イライラの生活の連続で過しておりました。

砂川様にお世話様になりましてからは、日々が続く、

お嫁に行った気分でくらさせていただいております。

一日一日が楽しく、

こんなことがあっても良いんだろうかと砂川先生に年を合わせる気持で一杯です。

続きは又後日。

先生様 ―

 

ところどころ脱字があり、

文章になっていない部分はありますが、すごく気持ちの伝わってくる、

とっても素敵な手紙。

私にとっては、お金以上の価値のある、何よりも嬉しいプレゼント!

私の大切な宝物になりました。

ありがとう!ジュンさん♪

 

「 別居 」

先月号にも登場したヨシさん。

ヨシさんが大浦家の家族になったのは去年の十二月三日。

ほぼ一年になります。

ヨシさんとはほんとによくケンカしました。

そして、同じくらい一緒に笑い合ったり、遊んだりもしました。

ヨシさんとの楽しい思い出は沢山ありますが、

この文章を書きながら自然と思い出しているのは、

ポータブルトイレにハマって抜け出せなくなった時のヨシさんです。

(※詳しくはHP版大浦家日記7月5日投稿の「爆笑!!」に記載。)

書きながら思わずにやけてしまいます。

にやけている自分にふと気づいた後、急に寂しさが胸に込み上げてきます。

実は、十一月いっぱいで大好きなヨシさんが高齢者施設へ入居する事になったのです。

本人の持病の悪化、ご家族の環境の変化等、理由はいくつかありますが、

今後の本人の状態の変化を踏まえて医師とも相談し、総合的に考えた結果、

健康管理がしっかりできる施設へ移ることが一番良いとの判断でした。

ご家族も苦渋の判断だったのでしょう。

私へ、感謝や大浦家を離れる事を惜しむメールを何度も頂きました。

ご家族は病院受診へ本人を連れて行ったタイミングで、

何度も施設へ移ることを話そうと試みたようですが、

本人が私やスタッフの事を楽しそうに話すので、言うに言えず。

結局、私から話をする事に。

私は、夕食後にヨシさんを部屋へ連れて行ったタイミングで話をしました。

まだ私自身ヨシさんと離れる実感がなかったのでどう話したのか、よく覚えていません。

ただ、入院するほどでもない人が、病気の療養をする所、そんな風に話したと思います。

ヨシさんは、少しびっくりして、

家族に怒っている風ではありましたが、比較的落ち着いて話を聞いてくれました。

そして、私に、

『いつも迷惑ばかりかけてごめんね。』と、

私を気遣う言葉までかけてくれました。

翌日、ささやかではありますが、みんなでお別れ会をしました。

皆、順番にお別れの言葉をかけて一緒に写真を撮りましたが、

一番仲の良かったトミさんは、

泣いてヨシさんに言葉を掛ける事が出来ませんでした。

ヨシさんが退去した後、

ヨシさんが居なくなった場所から外を眺めるトミさん。

その後姿がとても寂しく、泣いているように見えました。

今でもヨシさんに会いに行こうと誘うと、

会うと泣いてしまうからと断られます。

1年近く寝食を共にしてきた家族との別れです。

心を落ち着けて話が出来る様になるには、もう少し時間が必要なのかもしれません。

年を取ると、

色々な事が出来なくなります。

色々な事を諦めなければいけません。

そして、そんな自分を受け入れていかなければいけません。

自分の気持ちを誰もわかってくれないという孤独感。

そして人生の終着点を意識せざるを得ない自分の年齢が、

その孤独感を一層深いものにします。

年を取ると、そんな自分の気持ちとの葛藤が沢山あるのだと、

一緒に暮らしていて感じます。

そんな中での別れです。

私達が想像する以上に、辛いのではないかと思います。

それでも、いつもユーモアと笑顔を絶やす事のない皆の姿は、

とても強く、

輝いていて、

自分も、そんな強い心を持った爺さんになりたいと思わせてくれます。

 

と、普通ならこれで終わりですが、

大浦家は違います。

入居前、私がご家族に必ず言う事があります。

「お客様扱いはしません。一同居人として接します。」

これは、普通の人としての付き合いをしたいという、私なりの家族宣言。

契約関係が無くなったとしても、変わることはありません。

一緒に暮らせなくなっても、家族はずっと家族です。

幸いにも、ヨシさんが入った施設には面会制限や外出制限もないとても良い所。

これからは時間を作ってちょくちょくヨシさんに会いに行こうと思いますし、

大浦家のイベント事にも出来る限り誘って、まだまだ一緒の時を過ごしていこうと思っています。

と、言うことで、ヨシさんとは、

「お別れ」ではなく、

「別居」する事になりました。

 

P.S.

早速、ヨシさんが楽しみにしていた年末の餅つきに参加できる事になりました。

 

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