間違った評価~それは本当に改善?~

皆さんこんばんは(●´∀`)ノ

あきひこです。

ブログを書いていたら何だか色々考えちゃって、

書きたい事が色々と頭をよぎって来たので、

昨日に引き続き、今日も投稿しちゃいます!

介護サービスを利用する場合、

必ずケアマネージャーが付き、

ご本人の状態を踏まえた上でサービスの計画(ケアプラン)を作成します。

そして、定期的にご本人の状態を確認(モニタリング)し、

評価をした上で、必要であれば計画の見直しを行います。

これは、ケアマネージャーのみならず、各介護サービス事業所も、

自らが行うサービスに対しての計画、モニタリング、評価を行っています。

通常であれば、ご本人の意向やサービスを利用した感想などを、

聞き取りしながら行うのであまり問題はないのですが、

認知症の方の場合、状態によりますが、

その全てを、周囲の意見・判断によって決める事になります。

その為、通常以上に計画・モニタリング・評価に注意が必要となります。

今回はその中の評価について書きたいと思います。

前置きが長くなりましたが、どうぞ♪

 

「その評価は本当に正しいか?」

最近は、TVで認知症についての特集が組まれる事も珍しくなくなり、

皆さんが認知症について知るようになってきました。

それでもやはり、認知症という病気の大変な部分ばかりがピックアップされ、

ただただ怖い、恐ろしい病気だから予防しよう!

という内容ばかりで本当の認知症の姿を学べるようなものは少ない事が、

悲しく、残念でなりません。

認知症が怖い病気、大変な病気と世間に思われるきっかけとなったのは、

「徘徊」による行方不明や事故が、

ニュースで取り上げられてからのような気がします。

以前の投稿でも書きましたが、改めて。

認知症の方は、「徘徊」をする事はありません。

私は介護を始めてから、

この一般的には徘徊と言われる症状のある方を何人も見てきましたが、

一人として、当てもなく歩き回る(徘徊の意)人はいませんでした。

皆、何か目的があって外にでます。

それは、自分の記憶に残っている家や職場、買い物など様々です。

最近になってやっと、

自治体によっては「徘徊」という言葉を使わない所が出てきたようで、

全国的に広がり、世の中の認知症に対する理解が

もっと深まって行く事を期待したいと思います。

(※以後、徘徊→帰宅と書きます。)

そうは言っても、このような帰宅の症状は、

たとえ原因がわかったとしても、対応方法が見つからない限り、

介護者にとってはとても負担の大きな問題であることに変わりはありません。

ここに落とし穴があります。

それは、その症状が落ち着くと、

つい、良くなった・改善したと思ってしまうのです。

今迄頑張って対応した成果が出た。と。

しかし本当にそうなのでしょうか?

例えば、帰宅の症状が無くなるのは、

①帰る場所を完全に忘れた(記憶低下)

②帰るのを諦めた(意欲低下)

③現在の住まいでの生活を受け入れた

この3つが考えられますが、

改善と呼べるものは、強いてあげれば③くらいです。

評価をする周囲の人間は、

なくなったから即、良かったではなく、

この部分を改めて注意深く観察した上で、

判断しなければいけないのではないかと思います。

そういう私も、介護を始めた頃、

帰宅の症状が強い方が「帰る」と言わなくなり、

症状が落ち着いた時に、

ほっとして、

「今までの頑張りが報われた。」

「症状が落ち着いてよかった。」

と、思った事があります。

その後、経験を積む中で、

「あれは本当にこちらの対応による改善だったのか?」

「認知症の悪化により、症状が無くなっただけではないのか?」

と疑問に思うようになりました。

どちらをとるかで全く正反対の評価となってしまう。

それを介助が楽になったから良くなったと、

利用者様の状態を良く観察もせず、

安易に、自分に都合よく判断していた事に気付き、

愕然としました。

認知症は、忘れる事で生活に支障をきたし、

覚えている事で周りに問題にされる。

忘れても、覚えていても、

どちらにしても問題にされる。

ご本人の心境は計り知れません。

記憶は、自分が自分である事を認識する為の、

唯一の手がかりです。

忘れてしまって良かったわけがありません。

認知症介護をしていると、

介護者側にとっての改善と、

本人にとっての改善を混同してしまいがちです。

よくある例をもうひとつ。

今は知りませんが、少し前に、

介護の世界で、

「おむつ外し(リハビリパンツ外し)」

が大々的に推奨されていました。

TVやネット、書籍など、何を見てもおむつ外しは利用者の為に、

とてもいい事だ!とあちこちで言われ、

施設を上げておむつ外しに取り組む所がいくつもありました。

確かに、おむつが外れる事は良い事ですが、

利用者本人の気持ちを置き去りにして、

おむつを外す事ばかりにとらわれている所も多く、

「うちの施設はおむつ外しの実績がこれだけある」

と鼻高々に自慢している所もありました。

しかし、高齢者の方の中には、

おむつ(リハビリパンツや尿取りパッド)を使用する事で、

安心して日々の活動を送る事が出来るという方もいます。

その様な方が、おむつはしない方がいいと言われ、

いつも失禁の心配ばかりする様になり、

頻繁にトイレに行くようになり、安心して活動できない。

これは、本人にとって本当に良い事なのでしょうか?

改善と言えるものなのでしょうか?

おむつを外して、それで改善したというのは、

介護者側の都合の良い判断なのではないでしょうか?

本来、この「心配・不安」を取り除き、

おむつを外した上で、安心して活動できる所までが、

「おむつ外し」でなくてはいけないと思うのです。

この様に、一見良くなったと思える事でも、

安易に判断すると、本人を追い詰めてしまう可能性がある事を、

周囲の人間は理解し、注意しておかなければなりません。

「あなたのその評価は本当に正しいですか?」

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