大浦家日記~5月号~

皆さんこんばんは(●´∀`)ノ

あきひこです。

今月も出来ました大浦家日記!

今回は真面目なものからのほほんものまで揃った3本仕立て♪

楽しんで頂ければ嬉しいです!

では、どうぞ~♪

 

「今を生きる」

人間は慣れる生き物だ。

朝、目を開けるといつもの部屋の風景が見える事。

自分の身体を自在に動かし、ベッドから起き上り動ける事。

家族と顔を合わせ、「おはよう」と声を発する事が出来る事。

家族からの「おはよう」が自分の耳に届く事。

朝ごはんを口から食べられる事、

そしてその味を感じる事。

そんな当たり前に出来る事を幸せだと思ったり、

感謝した事は、私には、

ない。

昨年、亡くなられた小林麻央さんのブログ『KOKORO.』。

世界からも注目を集めたこのブログを目にした方も多いと思う。

それ以外にも、TVや本などで難病や障害と闘って

懸命に生き抜いた方々の話や映像を見聞きする度、

私達は、必ずこう思う。

「今、この瞬間を大切に生きよう」

でも、

1週間も経てば、

ほら、当たり前の生活に慣れ、あの時の気持ちを忘れている。

今この瞬間を大切に生きるとは、言い換えてみると、

全ての事に感謝し、今ある幸せを噛みしめながら生きる事ではないかと思う。

今ある幸せに感謝し、今を精一杯生きる事を積み重ねて行く事で、

後悔の少ない、充実した豊かな人生を歩む事が出来るのかもしれません。

しかし、

人間は慣れる生き物。

当たり前の事に心から感謝し続けながら生きる事は正直、かなり難しい。

一方、

今この瞬間しか生きられない人もいる。

認知症や記憶障害のある方だ。

全ての方がそうというわけではないが、

記憶を維持する機能に障害がある為、ある意味、

今この瞬間を生きていると言えるのではないかと思う。

彼らはどうなんだろう。

病気の所為ではあるが、私達には困難な、

今を生きる事を常に積み重ねている。

彼らは幸せだろうか?

一つ問題がある。

彼らには、積み重ねて来たその日々を、

記憶に残す事がとても難しいという事。

記憶は、

自らが懸命に生きて来たと実感するための足跡の様なものだと思う。

彼らは振り返った時、

その足跡を確認する事が出来ない。

その事に気付いた時、

彼らは何を思うのだろうか。

彼らの気持ちを想った時、

私だったら彼らの様にいつも笑顔を絶やさず、

明るく生きて行く事が出来るだろうか。

私はそんな彼らの強さに惹きつけられ、

彼らの生き様に尊敬の念を持たずにはいられない。

人間は支え合い生きていく生き物だ。

彼らは、私が今を生きる事の大切さを忘れ、

慣れてしまわない様に、

いつも私の傍で身をもって示してくれる。

私は、彼らが力強く生きている、

今この一瞬一瞬の姿を、胸に刻む。

そうする事で、お互いが充実した豊かな人生になる事を信じて。

今日も、一緒に今を生きていく。

 

「大切なもの」

2月に大浦家の家族の一員になったユキさん。

彼女には手放せないものがあります。

愛用のバッグです。

どこへ行くにもバッグと一緒で、トイレに行く際も手放しません。

天気が良い日にお散歩へ行く時も、

スタッフが、

「バッグを置いて行こうか」と言ってみますが、

「大丈夫」と、

笑顔で断り、必ず持って行きます。

余程大切な物でも入っているのかな?

本人の了解を得て、バッグの中身を見せてもらいます。

ノート、鉛筆、ハンカチ、チラシ、ティッシュ、

飲み終わった薬の空袋、お菓子の空袋などなど。

金品などは入っていません。

ご家族は面会に来る度にバッグの中を確認し、

不要なものを取り出し、捨ててくれます。

認知症のある方の中には、

このように様々なものを捨てられず収集してしまう方が多いように思います。

正直に言うと、彼女が薬を飲む度、お菓子を食べる度に

空袋をバッグに入れているのは知っていました。

本来なら、その都度こちらで回収し、

捨てる様にすればご家族の手を煩わせる事は無いのかもしれません。

でも、彼女が様々な物をバッグへ入れている様子を見ていると、

私はどうしても、それらを回収する気にはなれないのです。

なぜなら、

私には彼女が記憶の欠片を集めている様に見えるから。

ユキさんは大浦家の他の家族と比べても、短期記憶がほとんど持ちません。

ついさっき行った事でも、次の瞬間には忘れてしまいます。

その事を本人はどこかで気付いていて、

たとえ忘れても後でそれを見たら思い出せるかもしれないと考え、

必死に過去の自分の痕跡を収集しているのではないでしょうか。

このバッグには、彼女の記憶の欠片が詰まっています。

だから、私達にとってはゴミでも、

彼女にとっては、何物にも代え難い大切なものなのではないでしょうか。

 

「知らぬ間に」

 「家」―生命を育み、生活する場所。

今年も春が来て、暑い夏がチラチラと顔を覗かせる。

本格的に暑くなる前にと、大浦家の草むしり兄妹が動き始めます。

兄のシマさんは、去年よりも少し体力が落ちた為か、

身体が気持ちに追い付かず、かなりゆっくりペース。

一方、妹のサエさんは、

草むしりを始めると相変わらず憑りつかれた様に一心不乱に雑草と格闘しています。

末っ子のあきひこはと言うと、

その様子を見ながら、兄妹では難しい場所の草むしりや、

箱庭から見える竹林の間引きをしていました。

私が汗だくになりながら竹を切っていると、

ある瞬間から、

「チュンチュン!チュンチュン!」と、

鳥の鳴き声が激しくなりました。

やけにうるさいなぁと思い、声のする方を確認すると、

声の主はメジロでした。

近寄ると逃げる様にどこかへ飛んで行ってしまうものの、

しばらくすると、また舞い戻って来ては、

「チュンチュン!チュンチュン!」と鳴きます。

あまりにも激しく鳴くので、

私は不思議に思い、そのメジロをよく見てみました。

すると、そのメジロは何やらクチバシに何かの幼虫をくわえている様でした。

「・・・もしかして。」

ある考えが頭をよぎり、竹林を見上げてみる。

「やっぱり!」

私の視線の先には、メジロの巣。

そしてメジロの雛。

そう、メジロは竹の先に作った巣に居る我が子を守る為に、

必死で鳴いていたのでした。

大浦家は私達十一人だけの家だと思っていましたが、

知らぬ間に、このメジロの親子にとっての家にもなっていた様です。

大浦家管理人の私としては、

入居を許可した覚えはありませんが、家族は多い方が賑やかで楽しい。

今回は特別に、このかわいい親子も大浦家の住人として認め、

一緒に生活していこうと思います。

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