大浦家日記~7月号~

皆さんこんにちは(●´∀`)ノ

あきひこです。

今月はマコさんに捧げる大浦家日記です。

 

平成三十年七月二日。

大浦家の四女である、マコさんが天国へ行きました。

享年七十三歳。

(仮名で書きたくないので、以降は「あなた」と書きます。)

あなたと始めて会ったのは事前面談の時で、病院の病室でした。

普通なら、家を出る事になったら嫌がるものですが、

あなたは以外な程穏やかな表情で私を迎えてくれたのがとても印象的でした。

ご主人を先に亡くし、自宅で一人暮らしをしていたあなたは、

自宅で転倒しては入院を繰り返し、

このままの生活を続ける事の難しさを肌で感じていたのかもしれませんね。

退院し、大浦家での生活が始まり、

何かをする度に、

「ここ最近は、ずっと病院にいて出来なかったから。」

と、嬉しそうな顔をしていましたね。

あなたのその嬉しそうな優しい笑顔をもっと見たくて、

行きたい所がないか聞く私に、

「今迄あまり遊びに行ってないから、どこに行きたいとかわからん。」

と答えるあなた。

「うーん。」と渋い顔の私。

結局、毎回私が考えた場所へ大浦家の家族と一緒に行く事になりました。

色々な所に出かけました。

普段は化粧をしないあなたが、

お出掛けの日だけは気合を入れて化粧をしている姿を見るのが、

私はとても好きでした。

好き嫌いも克服しました。

もうすぐ土曜の丑の日だからと、

みんなでウナギを食べに行こうという話になりました。

盛り上がるみんなをよそに珍しく浮かない顔のあなた。

あなたは以前知人と県外にあるウナギの有名店に行って

初めてウナギを食べた時口に合わなかったから。

と言っていましたが、

いざお店に行って食べてみると、

「おいし~♪」と、

ペロッと完食したよね。

今でも不思議なのは、

胃を全摘出しているはずなのに、

朝昼夕毎食、みんなと同じ量を普通に食べていた事。

普通はあまり食べれなくなって、

食事を5回位に分けてじゃないと食べれないんだよ。

あなたは、とても頑張り屋でしたね。

毎日の様に廊下で立ち上がり訓練や足踏み運動などをして、

少しでも元気になろうと誰よりも努力していました。

私達もそれを応援する為、大浦家の中では車椅子は使用せず、

手引き歩行で歩く機会を増やしました。

その甲斐あって始めはしばらく歩くとガクッと膝折れする事がよくありましたが、

徐々にそれもなくなりました。

それどころか、立った状態で掃除機をかける事まで出来るようになりました。

あなたがどんどん動けるようになる姿を見て、私達も勇気づけられていました。

入居して初めての春。

体調を崩し肺炎で入院してしまい、

みんなでお花見に行けなかったのをとても残念がっていたよね。

幸い、短期間の入院ですみましたが、体力や足の力は衰えてしまっていました。

それでもあなたは諦める事なく、また一からリハビリを頑張りました。

あなたの、その小さくて細い身体のどこにそんなに強く

諦めない心があるのかと、私は感服するばかりでした。

そんな、とても意志の強いあなたでしたが、

不安を感じていなかった訳ではありませんでしたね。

以前大浦家日記に書きましたが、

いつもの様に廊下で立ち上がりの訓練をしていた時に、

突然泣き出すという事があったよね。

その時に初めて、本当に自分は元気になれるんだろうかと、

その小さな身体に抱えていた不安を口にしてくれました。

私があなたの涙を見たのはこの時が最初で最後でした。

あなたは表情を作るのが苦手だったよね。

本人曰く、どういう表情をしていいかわからない。と。

なので始めの頃は、写真を撮る時の笑顔もぎこちなく、

笑っているのかどうかもわからない表情でした。

しかし、大浦家で色んな事をする内に自然と笑顔が出て来る様になりました。

ご家族も彼女の事を常に気にかけ、暇を見てはお子さんお孫さん、

ひ孫さんまで勢ぞろいで会いに来てくれました。

また、遠方のご家族がわざわざ足を運んでくれた事もありました。

家族に愛されてるなぁと思い良かったねと声を掛けると、

こちらの意に反して、

「大勢やけん賑やか過ぎて疲れる。」

と案外とドライな反応でした。

でも今考えると、照れ隠しでそう言っていただけで、

内心はとても嬉しかったんだよね。

大浦家に来て初めての正月。

ここ最近は病院で正月を迎える事が多かったあなたは、

おせちを食べ、書初め、福笑い、初詣など、

大浦家の家族と過ごす正月を、とても嬉しそうに過ごしていたよね。

入居して2年目の春、彼女はまたも体調を崩してしまいます。

去年も体調を崩してみんなでお花見が出来なかった事を残念に思っていたようで、

あなたは私にどうしてもお花見に行きたいと言ってきたよね。

私は迷った末、お花見の終盤に少しだけ顔を出し、みんなで写真を撮り、

すぐに帰るという条件であなたのお願いを受け入れる事にしました。

今その時の写真を見ています。

額に冷えピタ、口にはマスクできつそうではあるものの、

とても柔らかな優しい笑顔。

今、本当にこの時あなたのお願いを受け入れて良かったと思っています。

その後入院する事になり、入院中に痰吸引が必要だった為、

去年の様に、すぐには帰って来る事が出来ませんでした。

ご家族は今後の事を考え、また体調を崩した時に痰吸引の対応が出来る施設へ

移った方がいいのではないか。

でも、本人は大浦家へ戻りたいと言っている。

どうするかとても悩まれていました。

今後どうするかの話し合いの為に病院に行った際に、

あなたは、私の顔を見るなり、

「わぁ~!やっと来てくれた~!」と、

両手を広げ嬉しそうに迎えてくれたあなたのあの時の表情が、

今でも脳裏に焼き付いて離れません。

ご家族は迷った末、大浦家に帰る事を決断され、六月十五日に退院する事になりました。

あなたが帰って来て、大浦家の家族も嬉しそうに迎え、

笑顔で話している様子はとても微笑ましく、

また一緒に暮らせるんだなぁ。

と嬉しい実感が湧いた瞬間でした。

それから半月余り。

最後の想い出は、見た事ないと言っていた、

サーカスをみんなで見に行った事です。

退院したばかりで体力的に心配でしたが、

初めてのサーカスを食い入る様に見て、楽しかったと言ってくれましたね。

最後にみんなでお出掛け出来て、

本当に良かった。

でも、やっぱりみんなで大分旅行に行きたかったな。

サエさんとあなたが居ないのは、やっぱり寂しいです。

大浦家の皆も、サエさんに続きあなたのお通夜にも行く事になり、

やっぱり寂しそうです。

ご家族が片付けに来て、

あなたの荷物が亡くなった部屋は、

なんだかとても広く感じます。

まだお辛い中、ご家族は、

「最期に大浦家に帰ってこれて良かった。

本人も最後に帰って来れて喜んでいると思います。

あの時、他の施設に移さなくて本当に良かった。」

と、声を掛けて下さいました。

本当にありがとうございました。

私達はその言葉と、お母さまとの生活の日々、そして想い出を胸に、

お母さまが好いて下さったこの大浦家を、

より良くして行く為に全力を尽くして行きたいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です