大浦家・上津役家日記~R2.8月号~

皆さんこんばんは(●´∀`)ノ
あきひこです。
今月も遅くなりましたが、
読んで頂ければ嬉しいです。

おかえり

上津役家次男坊のシマさん。

今年九十一歳になった彼は、

昨年末頃から、体調を崩し入退院を繰り返すようになりました。

以前から腎臓の状態があまり良くないと医師から言われていましたが、

最近は以前にも増して腎機能の低下が見られるとの事。

ご家族は、入院する度に退院後は上津役家でなく、

医療体制の整った施設に入所した方が良いと、

医師に言われていたそうです。

それでも何とか上津役家に帰りたいと、その言葉を振り払い、

上津役家に帰って来てくれました。

そして、今年の3月末にまた体調を崩し、入院する事になりました。

それまでは、入院したといっても、

1週間程度で元気になり帰って来ていたので、

今回もまたすぐに元気になって帰って来るだろう。

そう、皆が思っていました。

しかし、中々回復の目途が立たず、

入院して1ヶ月・・2ヶ月・・。

そして3ヶ月が経とうとしていました。

ご家族に連絡を取り現在の状態を確認すると、

あまり状態は良くなっておらず、

食事もあまり摂れていないとの事で、

毎日点滴をしており、未だ退院の予定は立っていない。

との事でした。

またそれだけでなく、

現在の状態であれば、いよいよ医療体制の整っていない

上津役家へ帰るのは無理だと医師に言われたそうです。

退院予定が立たず、

退院しても上津役家へ帰って来るのが難しいのであれば、

毎月の上津役家の家賃負担がもったいないので、

ご家族と相談した上で、

一旦、上津役家の契約を解約する事にしました。

そしてご家族には、

退院が決まったら、もしその時点で上津役家が

満床になっていたとしても必ず連絡して欲しい。

そうお伝えして、話しを終えました。

私がこの時ご家族に連絡をお願いしたのは、

万が一シマさんがシェアハウスに帰って来れる状態で退院した場合、

例えその時満床であっても何とかして帰って来れる様にしたいと

考えていたからです。

そして3カ月目も後半に入る頃。

スタッフよりLINEが入りました。

『シマさん、退院するらしいよ。』

「え?」

ご家族からまだ連絡をもらっていなかった私は驚き、

すぐにスタッフに電話して、詳細を確認しました。

すると、その日たまたま手続き上シマさんの介護保険証が

必要になったご家族が上津役家に来たそうで、

その時にシマさんが数日後には退院し、

病院の系列のショートステイで1週間程様子を見た上で、

系列の施設に入居する事になったと言っていた事。

それと併せて、病院や系列施設の相談員から唐突に、

そして何度も看取りの話しや、

もうすぐ最期を迎えると決まっているかの様に話しをされ、

どのような対応を望むのか、短時間での選択を迫られ、

悲しくなったと目に涙を浮かべ、話していたとの事でした。

スタッフとの電話を終えた私は、すぐにご家族に電話をしました。

「シマさんの退院が決まったと聞いたのですが・・・。」

『はい。じつは・・・』と、

スタッフに確認した話を、改めてご家族から直接聞きました。

私に連絡をしなかったのは、

今迄充分してもらったのに、

これ以上迷惑を掛けたら申し訳ないと思い、

連絡出来なかったとの事でした。

現在の状況とご家族の気持ちを聞き、私はご家族に提案します。

「看取りの方向でシマさんを見ていくのであれば、

訪問診療と訪問看護を利用すれば上津役家でもみれると思うので、

上津役家へ帰って来ませんか?」

『え?いいんですか?』

「もちろんです。いままでずっと一緒に過ごしてきて、

最後だけ慣れていない、周囲に見知った人もいない、

他の所で迎えるのは、本人も嫌でしょうし、私達も嫌なので。」

『ありがとうございます!

 そしたら病院に上津役家に帰りたいと話してみます。』

こうして、シマさんが上津役家へ帰って来る事が決まったのでした。

実はこの時、既に退院直前で、

ショートステイの申込みも済んでいました。

もしこの時すぐに電話を掛けなかったら、

もしかしたらシマさんは帰って来ていなかったかもしれません。

後日、ご家族から聞いた話ですが、

私と話をした次の日が病院を退院する日で、退院に際して医師や看護師、

これから利用するショートステイ先の相談員などが見送りや迎えの為、

一堂に会した時、ご家族は今言うしかないと意を決し、

『父を上津役家に帰らせたいです!』

と、泣きながら訴えたそうです。

その言葉を聞いて、その時その場に居た関係者全員が唖然として、

言葉を失ったそうです。

退院前に事前に話して決めた、

今後の流れを全てひっくり返したのですから、

相手からしたら正に青天の霹靂、寝耳に水と言った感じだったでしょう。

私はこの話を聞いて、この時の事を想像したら、

周囲の人達のポカンとした顔が目に浮かぶ様で、

思わず笑ってしまいました。

しかしそれと同時に、

医師、看護師、ソーシャルワーカー、

施設相談員、ケアマネージャーなど、

様々な人が動き、話し、その上で自分達が判断し決めた事を、

最後の最後でひっくり返す。

これを実行するのは、

並大抵の勇気や気持ちだけでは到底無理だと思います。

恥や外聞をかなぐり捨て、

自分が周囲にどう思われようが、

シマさんにとって何が一番良いのかを常に考え、

たとえ自分が決めた事であっても、

もっと良い道があると思えばひっくり返す。

そんなとても強い想いと、

とても強い覚悟があるからこそ出来たのだと思うと、

大浦家や上津役家の入居者のじじばばに、何が出来るのかと、

日夜奮闘しているのは私達だけではなく、

別の形で同じ様に強い想いでご家族も一緒に闘っている。

その事を強く感じさせられ、

とても感激し、尊敬と嬉しい気持ちで胸がいっぱいになりました。

そして、1週間のショートステイを終え、

いよいよ4ヶ月ぶりにシマさんが上津役家へ帰って来ました。

入院期間が長く、食事もほとんど摂れていなかった事もあって、

見違える様に痩せてしまった彼の姿に、

みんなショックは受けていたものの、

『シマさん、おかえり~。』と、

声を掛け、久々の我が家へ迎え入れたのでした。

彼は目をつむり、特に何の反応も示しませんでしたが、

私には何となく彼の表情が、

やわらかく、穏やかな雰囲気に変わった様な気がしました。

帰って来て、すぐに行われたのは散髪でした。

シマさんを見て、

不格好に伸び切った髪の毛が気になったスタッフが、

何とかしたいとベッドで寝たきりの彼を、

ベット上で身体の向きを変えながら、

少しづつバリカンでカットして元のすっきりした髪型にしました。

されるがままにカットされている彼も、

心なしか気持ち良さそうな表情でした。

その日の夜、ご家族から感謝のメールが届きました。

聞くと、ご家族も面会に行く度に気になっていたが、

さすがにそこまでは頼めないと諦めていたそう。

この様な何気ない所に気付き、対応できるのも、

ずっと一緒に生活して来た上津役家に帰ってきたからこそなのだと思います。

シマさんは、退院前から食事があまり摂れない為、

点滴を毎日の様に打っていましたが、

スタッフが根気よく、彼が起きている時を見計らい、

少しでも口から食事や水分を摂ってもらうように働きかけ、

今では食事も水分もかなり摂れる様になってきました。

退院してしばらく経つと、

しっかり起きている時は声を出し、

会話できる時もチラホラ出てきました。

顔色もすっかり良くなり、

ご家族も上津役家に帰って来て本当に良かったと言ってくれました。

最初、担当医師はもって1週間くらいだと思っていた様ですが、

今、これを書いている時点でもう1ヶ月が経とうとしています。

そして今日・・・・。

シマさんは眠る様に穏やかに息を引き取りました。

次号「 いってらっしゃい 」に つづく・・・。