大浦家・上津役家日記~R3.9月号~

皆さんこんばんは(●´∀`)ノ あきひこです。
お待たせいたしました。
今月もどうぞよろしくお願い致します。

「 重なる 」

5月にユミさんとお別れしてから3ヶ月。
嫌な事は重なるものなのか、
また別れの時が・・・。
8月12日大浦家家族のヤマさん。
8月16日大浦家家族のマルコさん。
ひと月に2人の家族とお別れする時が来てしまいました。
ヤマさんは、ご家族が遠方にいて、
何かあった時にすぐに駆け付けられない事を心配されていました。
その為、ご家族のお住いの近くの
グループホームの入居待ちをしていました。
そのグループホームに空きが出た為、
引越しをする事になったのです。
マルコさんも、ご家庭の事情により、
特別養護老人ホームの入居待ちをしており、
順番が回って来て、引越しをする事になりました。
それぞれ事情があり、仕方のない事とはいえ、
ひと月に2人の家族とお別れは、とても辛いです。

出来る事なら、最後まで一緒に居たかった・・・。
ヤマさんは、
平成30年11月に大浦家の家族になりました。
ヤマさんは笑うと顔がクチャっと皺くちゃになる、
笑顔がとっても可愛い方です。
寝るのが好きで、少し時間があると、
「寝てもいい?」と言っていたのを思い出します。
いつも心のどこかで孤独感を感じていて、
「私はここに居てもいいんかね?」
という言葉もよく言っていました。
私達は、ご家族や通っているデイサービスの方とも話し、
ヤマさんが孤独感を感じずに,
何か楽しんで出来る事はないかとずっと探し続けてきましたが、
ついに最後まで見つける事は出来ませんでした。
それが、ヤマさんに対しての一番残念な事であり、
後悔のひとつでもあります。
ヤマさんは一時期、精神的に不安定になり、突然大きな声で怒鳴ったり、
夜中に部屋の障子や自分が履いているリハビリパンツを破りだしたり、
目の前に置いてあるお茶の入ったコップをひっくり返したり、
人にかけようとしたりする様になった事がありました。
私達は色々な働きかけをしてみたり、
声掛けの仕方を変えてみたりしましたが、あまり変化は見られませんでした。
私は考えた末に、それまでにずっとヤマさんが服用していた認知症の薬を、
一旦中止する事をご家族に提案しました。
何もせずにそのまま医師に報告すると、追加で薬を処方される可能性があります。
もしその時の症状が薬の副作用などの影響だった場合、
追加処方により、
症状の原因が益々分からなくなってしまう可能性があると考えました。
また追加処方により向精神薬を処方された場合、
今よりもっとひどい状態になってしまう可能性もあります。

そこで、まず始めに薬の影響かどうかを確認する為に
中止のお願いをしたのです。
幸い、その後ヤマさんは時折落ち着かなくなる事はあるものの、
徐々に落ち着き、笑顔も見られる様になってきました。
私達もご家族もひと安心。
しかし、先に話した孤独感の問題が解決したわけではありません。
その点は話し合い、引き続き皆で探し続ける事になりました。
今回の引越しは、それからしばらくしての事でした。

マルコさんは、平成29年6月に大浦家の家族になりました。
入居前、彼女には認知症と難聴があり、
コミュニケーションを取るのが困難でした。
また、介護に対する拒否、もの取られ妄想がありました。
初めて会った時の彼女は、
まるで以前から私と知り合いだったかのように
明るい笑顔で私に挨拶をしてくれました。
笑顔の彼女は髪はぼさぼさ、
少し汗ばむ陽気だというのに服を何枚も重ね着しており、
そのポケットには自分のコップなど、
色々な物が詰め込まれてパンパンに膨らんでいました。
施設の方も彼女の扱いに苦労していたようで、
拒否がかなり強い為、
特にお風呂に入ってもらう事が難しいと言われていました。
その施設に彼女が来た時点で既に、
何日もお風呂に入っていない状況だった為、
施設の方はご家族と話し、感染症などのリスクを防ぐため、
無理やり3人がかりでお風呂に入ってもらう事にしたと言われていました。
私は本人が嫌がるようであれば、
例え感染リスクが高くなるとしても無理やりお風呂に入れる事はしない。
ただ諦めるのではなく、
全力で本人が嫌がらずにお風呂に入れる様に努力させて頂く。
それを条件に入居を受け入れさせて頂く事になりました。
私がこの条件で受け入れしたのには、

いくつか理由があります。
1つ目は、
本人が嫌がる事を無理やりさせたくないから。
2つ目は、
マルコさんを当社で受け入れしなかったら、
彼女は今後ずっと無理やりお風呂に入れられ、
誰かが自分のものを取っていくという妄想に囚われ続けながら生きていく。
それはあまりに可哀想だと思ったからです。
3つ目は、
一般的に問題行動とされる認知症の症状、マルコさんで言えば、
介護拒否ともの取られ妄想がこれに当たりますが、
この周囲が介護する上でみるのが困難な症状は、
裏を返せば本人が一番不安に思っている事や困っている事、
心配している事などが極端な形になって
表面化しているものである事が多いように感じます。
つまり、この部分を解決する事が出来れば、
症状は改善・又は落ち着いてくるのです。
だから、諦めずきちんと向き合っていけば、
必ず落ち着かせる事が出来るという確信のようなものがあったからです。
4つ目は、
強い症状のある方をみるのは大変ですが、
そのような方と関わって行く事が一番介護者として学ばせて貰える事が多く、
私達自身にとっての成長にもなるからです。
こうして大浦家の家族になる事になったマルコさん。
スタッフは皆覚悟を決めて彼女を迎えました。
しかし、予想に反してマルコさんは、
入居して初めてのお風呂の日から、
スタッフの声掛けで「気持ちいいね~」と言って、
お風呂に入る事が出来ました。
以降、マルコさんが今回お引越しするまで4年程になりますが、
お風呂を拒否されたのは4・5回程度でした。
その後、スタッフは根気よく彼女と関わり、
徐々にコミュニケーション
を取れるようになってきました。
コミュニケーションが取れるようになるにつれ、
彼女は事前情報とは違う一面を、
どんどん見せてくれるようになりました。
読み書き計算が出来、
始めは嫌がっていたお手伝いも徐々にしてくれるようになり、
その内自分から、「何か手伝おうか?」と言ってくれるようになりました。
切るのが難しかった髪も、
まず始めに私にカットさせてくれるようになり、
それに慣れた後に近所の理容室で散髪出来る様になりました。
また、これらの変化とともにもの取られ妄想の症状も落ち着き、
季節感のある服装も出来る様になりました。
もちろん、簡単にこの様な状態に変化したわけではありません。
スタッフは悩み、考え、試す。
日々、この試行錯誤を繰り返した結果だと思います。
ヤマさん。
マルコさん。
ふたりから私達は沢山の事を
学ばせて頂きました。
症状の事ばかり書きましたが、
もちろんそれだけでなく、楽しい時間も沢山過ごしました。
色々な場所にも行きました。
数えきれない程の思い出があり、全てはとても書ききれない程です。
そんな2人との、しかもほぼ同時期のお別れ。
本当に寂しくなります。
ふたりとも、それぞれにお引越し前日や当日に
ささやかではありますがお別れ会をさせて頂きました。
おそらくふたりとも、
その時自分が大浦家を引越しする事はわかっていなかったと思います。
それでも大切な家族との別離。
何もしないわけにはいきません。
お花と皆からの寄せ書きを渡し、最後に集合写真も撮りました。
ご家族には、離れてもいつまでも大浦家の家族である事。
時々でもいいので、
ご本人の様子を
メールなどで教えて頂きたいとのお願い。
もし困った事や私達で力になれる事があれば、
今後も遠慮なく相談して頂きたい旨、伝えさせて頂きました。
ふたりとも今どうしているだろう。
元気にしているかな?
ご飯はちゃんと食べているかな?
新しい所にはもう慣れたかな?
楽しくお話し出来るお友達は出来たかな?
色々な心配が頭をよぎります。
でも、心配ばかりしていても仕方がありません。
ご家族から近況報告があるまでは、
元気で過ごしている事を祈ります。
別れはいつ訪れるかわかりません。
だからこそ、私達は今、
そばで一緒に過ごしている家族と、
悔いの無いよう全力で関わっていきます。
「ヤマさん。マルコさん。本当に今までありがとう!
 私達はいつまでも貴方達の事を想っています。
 いつまでも私達は貴方達の家族です。」

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