大浦家・上津役家日記~R3.12・R4.1合併号~

皆さん、新年明けましておめでとうございます!
本年もどうぞ宜しくお願い致します(●´∀`)ノ

今月号、大変お待たせいたしました。
では早速。
どうぞ宜しくお願い致します。

「 ご挨拶 」

新年、明けましておめでとうございます。

皆様におかれましては、
輝かしい新年をお迎えのこととお喜び申し上げます。
また、ここ数年はコロナ禍という、
大変な日々の中、多大なるご愛顧をいただき、
誠にありがとうございました。
本年もまだ、安心できる状況ではございませんが、
スタッフ一同、更なるサービスの向上に努めて参りますので、
より一層のご支援、お引立てを賜りますよう
宜しくお願い申し上げます。
皆様のご健康とご多幸をお祈りし、
新年のご挨拶とさせて頂きます。

「 前置き 」

今回の大浦家・上津役家日記は、
シェアハウス家族との別れが立て続けに重なった為、
あまり明るい内容ではありません。
新たな年を迎えるに当たり、
今から、気持ちよく新年をスタートしようと思われている皆様を、
悲しい気持ちにさせてしまうかもしれません。
なので、それでも構わないという方だけ、
読み進めて頂ければと思います。
また、2021年は今までに経験した事のない程、
シェアハウスの家族との別れが重なり、
私自身、まだそのショックを受け止めきれておりません。
今月号はお休みさせて頂こうかとさんざん悩んだ末に、
書く事を決めました。
その為、乱文で、まとまりのない、わかりずらい文章になっていると
思います。その点、どうかご理解頂ければ幸いです。

「 シマさんのもとへ 」

令和3年12月18日。
上津役家家族の
ヨネさんが天国へと旅立ちました。
享年88歳。
2020年の8月にご主人であるシマさんを
上津役家で看取らせて頂いてから1年と少し。
奥様であるヨネさんも上津役家で、
皆に見守られながら最期を看取らせて頂きました。
令和2年9月号でも書きましたので、詳細は割愛させて頂きますが、
元々、ヨネさんは他の介護施設に入居していました。
それを、大浦家に入居していた
ご主人のシマさんと一緒に生活する事が良いのではないかと考え、
私がご家族にお願いして、入居して頂く事になりました。
ヨネさんが大浦家に入居する前にいた施設では、
彼女は何もできない寝たきりの方とみられていました。

大浦家に入居してからは、
スタッフが手を引いて歩けるようになり、文字も書けるようになり、
会話を楽しみながら意思疎通も出来る様になりました。
そして、上津役家開設のタイミングで大浦家から上津役家にお引越し。
ご夫婦同じ部屋で、最期まで一緒に過ごされました。
これまで、ご主人と旅行やお出掛けなど、
弊社入居前には諦めていた、
様々な楽しい事を実現する事が出来ました。
ご家族はご夫婦が体調を崩して入院した際に、
何度も病院の医師から上津役家ではなく、
医療体制の整った施設への転居を促されました。
それでもご家族は私達を信頼し、
本人達は上津役家で過ごす事を望むはずだからと、
上津役家へ帰って来てくれました。
そして、令和2年にご主人のシマさんをヨネさんはもちろん、
他の入居者やスタッフも見守る中、
上津役家で最期まで看取らせて頂きました。
そして、今回。
ヨネさんも夜に呼吸が荒くなり、
その後、徐々に浅くなり、眠る様に息を引き取りました。
ご家族様はご主人の時もそうでしたが、
本当に最期まで上津役家で過ごす事が出来て良かったと言って下さいました。
また、自分自身も上津役家に来る事が楽しみだったので、
寂しくなりますとも言って下さいました。
弊社にご入居頂いている方は、自分の家族と変わらない、
大切な人達だと思っています。
当然、そのご家族様も同じです。
だから、お時間がある時はいつでも遊びに来て下さい。
そうお伝えし、必ず皆に会いにきます。
そうお約束してくれました。
シマさん、ヨネさん本人達への想いだけでなく、
おふたりを通して生まれたこのご家族との繋がりもまた、
大切にしていきたいと思います。

「 先に立ってしまった後悔 」

令和3年12月24日。
上津役家家族の
コウさんが天国へと旅立ちました。
彼の事は、先月号で書いたばかり。
自宅に帰りたい彼の望みを、
先々後悔しない様に可能な形で
実現してほしいとご家族にお願いし、
昨年の10月に実現した事をお伝え致しました。
ご家族はその後、
正月にも彼を自宅に連れ帰る計画を立てていたそうで、
その矢先の事でした。
不調を訴えた彼を、訪問診療医の指示の元、救急搬送。入院。
その4日後に、
病院でご家族に見守られながら亡くなられたそうです。
連絡を受け、ショックでまだ現実を受け入れられない中、
私達は上津役家の家族全員を連れて、葬儀に行きました。
ちょうどその日は、
入院する前に彼が食べたいと言っていた栗ご飯を晩御飯で出す日でした。
スタッフは彼の分の栗ご飯を持って、葬儀に参列しました。
上津役家家族も、私達職員も、彼との別れを惜しみながら、
最後のお別れをしました。

ご家族の皆様からは、

『あの時提案してもらい、お父さんを自宅に連れて帰って本当に良かった。
 連れて帰っていなかったら、後悔していたと思います。
 おかげで後悔せずに見送る事が出来ます。本当にありがとうございます。』
『人生の最期に過ごした施設が、
 上津役家で本当に良かったと思います。ありがとうございました。』

など、他にも沢山のありがたい言葉を頂きました。
ご家族の後悔をひとつでも無くし、
前向きな気持ちで最期を見送る
お手伝いが出来て良かった。
あの時行動して本当に良かった。
そう思う反面、
「ご家族が後悔しないようにする為に提案したんじゃないのに。
 コウさん、早すぎるよ・・・。今からだったのに・・・。」
という気持ちが込みあげ、
ご家族の言葉に心から喜べない自分がいました。
私はただただ、ひきつった笑顔で頭を下げる事しか出来ませんでした。
私は、今後お泊りを重ねながら、
上津役家で楽しく生活するコウさんの笑顔を見たい。
そう想って提案したのです。
1回お泊りしただけで天国に行っちゃうなんて、
せっかち過ぎるよ。コウさん。

「 飛び立つ風来トンビ 」

令和4年1月4日。
上津役家家族の
スミさんが天国へと旅立ちました。
享年84歳。
彼女は上津役家の風来トンビ。
(※詳しくは、大浦家・上津役家日記H31・5月号を参照下さい。)
明るく朗らかで、気持ちの優しい方でした。
耳が聞こえないので、
コミュニケーションを取るのに少し時間はかかりますが、
とても素敵な人でした。
上津役家に来る前は、有料老人ホームに入居されていて、
帰宅願望が激しく、何度も施設外へ出て行かれていたと聞きました。
そんな彼女も上津役家では落ち着き、
庭の野花を摘んで来ては花瓶に生け、タンスの上に飾っていました。
私が上津役家に顔を出した時には、
嬉しそうな笑顔で、
『あんた、来とったんね。』
と言って私の傍に来て、ハグをしていました。
いつも、トンビの様にキッチンに現れては、スタッフの目を盗み、

おかずを口に咥え、風の様に去っていくあなたの姿が、今でも目に浮かびます。
そんな彼女が、昨年の12月に食欲が低下。
食べた物を洗面所などで吐き出す様になりました。
元気はあるが、何かおかしい。
どこか悪いのではないかと心配になり、かかりつけ医とご家族に相談し、
大きな病院で一度検査を受ける事になりました。
ご家族が車で彼女を病院に連れて行く時も、
後部座席で楽しそうにしている彼女を見て、
本当にどこか悪いんかね?
病院行かなくてもいいんじゃない?
そう思うほど、元気だったそうです。
しかし、病院での検査結果は、全く予想外のものでした。
胆管癌のステージ4。
余命3ヶ月との診断され、そのまま入院となりました。
ご家族はその後、
上津役家で看取りをするか、ホスピスで終末期医療を受けるか。
悩まれた結果、少しでも痛みなく安らかに過ごして欲しいと、
ホスピスに移る事を決断されました。
1月29日にホスピスに転院。
癌による痛みが頻繁になって来た為、1月2日からモルヒネを使用開始。
それからは眠っている時間が増え、
そして、1月4日。
眠ったまま、彼女は息を引き取られたそうです。
私達が彼女の死を知ったのは、すでに葬儀を終え、
ご家族からご連絡を頂いた時でした。
スミさん・・・。
あなたはいつもやってきたと思ったら、風の様に姿を消しちゃうね。
最期くらいゆっくりお別れをさせてくれたらいいのに・・・。
おかげで最後に見た、貴方の笑顔が頭から離れないじゃないですか。

「 やるべきこと 」

この仕事は、人生の締め括りに関わらせて頂く仕事。
命の終わりに、普通以上に多く立ち合います。
それはわかっています。
わかっていますが、それにしても2021年は、
別れの年と言ってもいいくらい多くの別れがありました。
ユキさん、ヨネさん、コウさん、スミさん。
ご家庭の事情により、引越しをする事になったマルコさん、ヤマさん。
1年でこんなにも大切な人と別れる経験は、今までありませんでした。
ひとりでもショックなのに6人です。
流石にこれはこたえました。
ご家族の皆様、すみません。
本来であれば、おひとりおひとりとの思い出や、
上津役家での出来事などをもう少し詳しくお伝えしたいのですが、
そうすると、
とても書き終える事が出来ない状態になってしまいそうなので、
この様な形でまとめさせて頂く事に致しました。
どうぞ、ご理解頂ければ幸いです。
私達がこれからやるべきことは、わかっています。
今まで別れたみんなの事を忘れず、その人生から学んだ事を、
ひとつでも多く、今後の私達に活かす事です。
そして、今も生きている大浦家や上津役家の家族のみんなや、
これから新たに出会っていく人達と、
お別れした彼らと出来なかった事、
一緒にしたかった事をひとつでも多く実現して行く事だと思います。

「 天国のみんなへ 」

私達が悲しみに暮れていても、みんなは喜んでくれないよね。
きっとみんなが望むのは、自分達の人生を糧に、私達が前を向いて、
みんなと同じ様な悩みや想いを抱いている高齢者の人達に、
笑って、楽しんで、いい人生だったと思える。
そんな生活環境を創る事だよね。
それが私達がみんなに報いる事の出来る、一番の方法だよね。
うん、わかってる。
わかってるよ。
でももう少しだけ、もう少しだけ時間を下さい。
みんなとの思い出が多すぎて、簡単には受け止めきれんのよ。
もう少ししたら、きっと前を向いて頑張るから。
絶対、実現させてみせるから。
だから、ずっとそっちで私達の事を見守っててよね。

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